「バンド・デシネ」連載第22回目は、谷口ジローの『遥かな町へ(Quartier lointain)』について取り上げる。
『遥かな町へ』は、作者の出身地である鳥取の風情あふれる小さな町が舞台。東京でサラリーマン生活を送る団塊世代の中年の男が、出張ついでにふらっと帰郷し、母の墓前で中学時代にタイムスリップしてしまう。
人間誰しも「ああすればよかった」と思うことはあるが、過去は誰にも取り戻せない。それがマンガの世界で現実のものとなり、淡い青春の恋や家族との関係をやり直すチャンスを得る。主人公は、突然失踪した父親を思いとどまらせようするのだが、本当の事情を悟ると止めることが出来なくなってしまった。
「少年老いやすく学なり難し」。派手さはないが谷口自身のバックグラウンドを反映させた哀愁あふれるノスタルジアがそこにはある。街の風景も忠実に描写されており、マンガ本を手にして鳥取の倉吉を歩いて、デジャヴ感を味わう楽しみ方もありだ。
上京した大人が地方に帰郷し特別な感情になるという典型的な昭和の日本人をモチーフにしながら、時空を超えた自分との対話を描いており、マンガのカンヌと言われるフランスの「アングレーム国際漫画祭」で、日本人初となる最優秀脚本賞を受賞した。何気ないことや地味な人間の中に美しさを見出すフランス人の琴線に触れる作品と言える。
<連載第21回はこちら>
【漫画 × バンド・デシネ!】その㉑ ダビッド・ベーの『大発作(L’Ascension du Haut Mal) 』
© Jiro Taniguchi
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